雪上滑走具

2003年8月24日 at 2:05 AM

スクートがらみの特許がちらほら。特許広報に載ったものがネットで検索できるっていい時代っすね。俺が社会人時代はすごい量の特許広報の中から探したりしたもんだったけど。

特許庁
http://www.ipdl.jpo.go.jp/Tokujitu/tokujitu.htmの5)公開特許公報フロントページ検索っていうところをクリックして検索欄に「雪」「滑走」と入れると色々出てくる。色々検索用語を変えるだけでもいい時間つぶしなる。
でもこんなのあったらいいなってのは無いなぁ・・・。
浜さんとかジックとか青葉サイクルとかいろんなところが出願中ですね。

←MOSH BB発見。

特許って特許広報で公開される前に第3者に見られたらいけないって高専時代の授業で習ったような気がするが公開前にゲレンデでテストってどうなるのだろう・・・。ロクに授業聞いてなかったので・・・。

そういえば昔、授業に大仁多厚が出した特許の特許広報で「有刺鉄線デスマッチのリング」の特許広報を見た記憶がある。

どうも流行物に弱いらしい

2003年8月23日 at 2:07 AM

近況

7月の終わりに風邪を引いてダウンして直ってすぐ白馬で夏の出稼ぎに来てお盆の猛ラッシュに揉まれてやっと暇になってきました。ビデオのお仕事はいくつか抱えてるけど。

世の中ウィルスが流行ってるらしく知人などは1日で50通くらいウィルスメールが来て嫌になったというかまだ続いているらしいが、僕はリアルでKAZEというウィルスに感染して死にそうになりながら働いています。でも珍しくメールでウィルスが来ない。kleze.32(名前が分からんが検索する気力が無い)の時はいつもだったら毎日数通は来てたのに。
おととい久しぶりに仮面の人と専務と会った。マッツはバイト先によく現れる。キヨフミは「いつ休みぃ?」が口癖だ。あれ?なんか当分休み無そうだ。はぁ。このまま白馬で現実逃避してようかなぁ・・・。

今日の友達紹介「キヨフミ」(勝手に紹介)

2003年7月25日 at 2:11 AM

キヨフミ
冬は47に夏はマッツの家に毎日のように出没。白馬の隣の小谷に生まれ小谷に育つ生粋のネイティブオタリアン。最近行った大都市は高崎って・・・。

そしてスクーターズクロス第一戦は始まった

2001年5月25日 at 10:32 AM

スクーターズクロス ジャパンツアーがとうとうはじまった。朝からトラブル発生。レジストリ(受付)に俺の名前が無い・・・。多少受付に手間取ったがビブとゼッケンプレートを受け取りコースの試走に加藤君と織枝ちゃんと一緒に行く。今回のコースはスタート→ウェーブ→バンク→バンク→テーブル小→テーブル大だったと思う。あまりにも過去のことで忘れている・・・。レースは2回戦までは順調に勝ち抜け。3回戦でゴール直前のテーブルで前の人のクラッシュに巻きこまれあえなく敗退。いつも通りの3回戦ボーイと化す。えーと他の内容はあまり覚えてないので結果報告。
クロス男子
優勝 内藤醇
2位 我満隆
3位 渡辺泰文 
クロス女子
優勝 渡辺織枝

優勝のJUN。後ろに見えるのが2位の我満

JUNのエアー

通称レントゲン。ヒールクリッカーみたいな感じ。コツはレントゲンを撮る時のポーズらしい・・・。

加藤君のインバート

ピカチュウ見参!!

日本のスクートの父?乳?ことオシボリ★マン。そのうちインタビューでもしてみるか。

(2003.12.15追記)TOOLATEのVOICEページにオシボリ★マンインタビューあり。必見。

遥かなる安比高原

2001年5月23日 at 9:52 AM

安比高原は遠かった。白馬ローカルの専務と一緒に下道の旅である。出発予定時刻は5時。案の定、白馬時間(要はいいかげん)での行動のおかげで6時半出発となった。言い訳としては安比のジャパンツアー第1戦にでた後、北海道にそのまま行く支度に追われていたのである。とりあえず出発。日本海を延々と北上。途中から盛岡を目指し内陸へと入る。第1トラブル発生。散々道に迷う。地図を見ながら突き進むが、何回通っても同じ場所に出てくる。しかもお地蔵さんの前。多分4回くらい同じ場所に出る。2時間くらいグルグルまわる。さすがにカーナビが欲しいと思った。その後は比較的順調に突き進む。第2トラブル発生。八幡平を抜けて安比に行こうと田沢湖から岩手山方面に北上。走ること1時間。目の前には『冬季通行止め』の看板が無情にも立ちふさがる。またまた2時間のロス。盛岡にやっとたどり着いたのは翌日の昼の1時。飯を済ませ健康ランド探し。夜の寝床である。しかしめぼしい健康ランドは見つからず結局安比の麓のローソンの駐車場で車中泊。-18度ナリ。毛布をかぶって寝ていた専務は寒そうだった。ちなみに冬山用シェラフが威力を発揮。翌朝を無事迎える。

織枝君との出会い
安比の駐車場に行く。ちょっと待ち富山toolate&我満&北海道軍団と合流。このときに初めて織枝ちゃんと出会う。千秋みたいなしゃべり方をするなあ、というのが最初の感想。このときはまさかシーズン終わりまで行動を共にするようになるとは想像すらしていない。

安比フリーラン
昼間はコースの下見をしながらフリーランする。丁度エアー台が出来たので試し飛びをする。メチャメチャ飛びやすい台だ。KAMENとお持ち帰りしたいと話していた記憶あり。
ナイターはエバーサマー2の撮影。僕はスキー板に履き替える。その様子は下の写真の通り。

みんなでフリーラン。スノースクートって集団で滑ると非常に威圧感あり。こえー。

うらもっくんのバーホップ。ハンドルバーを飛び越えフロントボードの上に乗る。このまま50m位滑っていってしまった。

Kidに乗っても全然滑りが変らない加藤君。はえー!!

相変わらずきれいな滑りをする我満。照明がメチャメチャキレイ。

織枝君のマニュアル。上がり方が半端じゃない。

KAMENの鬼のような倒しこみ。ひざ着いてるって・・・。

ナイターを切り上げJykKライダーはESPNの取材を受ける。
普段は撮る方なのに今日は撮られる方。少し緊張する。やはりこういうところはKAMENが場慣れしていた。
あとで本放送を見たが恥ずかしかった・・・。

アッコにおまかせ

踊るうらもっくん

公道を爆走するピカチュウ

そんな感じで宿に帰る。温泉に入ってワクシングして就寝。
明日は大会だ。

樹氷だ!ロープウェーだ!八甲田!

2001年2月10日 at 10:20 PM

安比の大会が終わり。進路を北へとること数時間。無事青森に着く。

話は3日ほどさかのぼるが、実は青森、北海道行きは結構ピンチだったのである。滞納していた税金をぽーんと払ったら、計算して払ったつもりが予定以上に払ってしまい手元に2万円しか残っていなかったのである。おいおいこれから3週間の旅が2万円かよ。無理じゃん。安比に行くあいだずっと悩む。黄色い看板に駆け込むかレイ○エンジェルにお世話になるか。『お急ぎですか?』『お急ぎです。』・・・・・・・と悩んだ挙句盛岡で五千円を握り締め銀玉遊戯をしにネオンの光った銀行へ行く。「これで駄目だったら北海道へは行くなという神様のお告げであろう」と思いながら・・・。なぜか貯金をしてしまった。そんなこんなで安比につきKAMENと会う。スクートの神様は我を見捨ててはいなかったらしい。KAMENがビデオのお金を振り込んでくれることになる。

そんなこんなで青森に着きその日は我満の別荘にお世話になる。ログハウス風の小さいがきれいな部屋で泊まる。
翌日は八甲田で滑る。連日の大雪で除雪が追いついていない道を走ること小1時間。八甲田に到着。その日の八甲田は連日の大雪のおかげで良い雪が大量にあった。ロープウェーに乗っていくコースと普通のゲレンデがあるがその日はロープウェーに5本乗る。?13度。雪も降っておりかなり寒い。ロープウェーに乗っていくコースは2本。どちらもおもしろかった。基本的に林間コース。コーステープは無い。その代わりポールがコースの沿いにポロポロ立ててある。が吹雪いたら遭難出来そうである。天然のウォッシュボードなどがありクロスコースさながらであった。こんなところばっかし滑ってたら我満のように上手くなれるわけだ。しかしこんなに面白いスキー場は初めてだった。

ここからは本来写真が入ってましたが現在行方不明です。見つかり次第入れます。

ロープウェー麓駅
ロープウェー乗り場。こんな感じに並んで乗る。周りのスキーヤー・ボーダーの使っている道具はファットスキーやらパウダー用ボードやらで、普通のスキー場とは一味ちがう。
(写真1)

ロープウェー
(写真2)

山頂駅でロープウェーを降りてびびる。雪が珊瑚礁のように着いており、まるで沈没船のようだった。
(写真3)

今日のガイドは我満君
(写真4)

樹氷もあります。登ったり飛び降りたりしてはいけません。
(写真5)

適度な湿度があって滑り易いディープスノー。ライダー:我満
(写真6)

加藤君もすべる。
(写真7)

おりえちんも滑る。
(写真8)

我満もすべる。かっこいい。
(写真9)

帰りに我満商会にて一休み。スノーモービルのビデオを見せてもらう。メチャメチャ面白かった。その晩、加藤君と俺は青森港から北海道へと旅出ったのであった。
(写真10)